広報かしわ タイアップ企画
つづくを、つなぐ。かしわスナップ
#02
広報かしわ 2023年8月号掲載
懐かしい風景を未来に残すために。
南部エリア
名戸ヶ谷(などがや)ビオトープを育てる会 会長小笠原 智さん
谷津の面影が残る名戸ヶ谷には、谷状の地形の一部と湧水を活かして造成されたビオトープがあります。「名戸ヶ谷(などがや)ビオトープを育てる会」の会長、小笠原 智さんを訪ねたのは、うぐいすが気持ちよく鳴く春の日でした。田植えを終えた水田を見ながら、「私は自然が大好きなんです」と顔をほころばせる小笠原さん。発足から21年、昔からつづく米づくりと、柏の自然をつないできたその活動についてお話を伺います。
ホタルが乱舞する水田と
昔からつづく米づくりを子どもたちに。
私の故郷は宮城県で、40年ほど前から柏市で暮らしています。農家の三男坊で、親の仕事を見ながら手伝いをしたのが記憶に残っています。私はいずれ家を出る身なので手に職をつけようと、建築の道へ進みました。私は自然が大好きなものですから、北日本のあちこちへキャンプに行きましたし、花も生きものも好きなんです。名戸ヶ谷は以前ホタルが乱舞するくらいきれいな場所だったそうで、昔から“つづく”風景を未来に“つなぐ”ことを目標に、「名戸ヶ谷ビオトープを育てる会」に入会しました。
活動は大きく3つあって、水田耕作、生きものや植物の調査と保全、そしてホタルの棲息地の回復です。2003年の発足当初は、実家が農家だったこともあり、稲作を担当していましたが、いまは会長として活動のすべてに関わっています。
名戸ヶ谷は谷津(やつ)※という地形になっていて、谷状のところに湧水が出ている状態なので、水田は常に底が深くぬかるんでいます。トラクターは入れないし、耕うん機も使っている間に沈んでしまうので、すべて手作業。生きもののために農薬はいっさい使わず、米ぬかや魚かすなどの有機肥料だけで育てます。稲刈りは泥んこから足がぬけなくてもっと大変ですよ。脱穀では足踏み脱穀機を使うなど、すべて昔からつづくやり方です。近隣の名戸ヶ谷小学校の稲作学習では、子どもたちにも昔ながらの農業を体験してもらっています。
生きものも、訪れた人も安全に楽しめるように
1日1回は顔を出して管理しています
名戸ヶ谷ビオトープでは、多様な生きものの生息空間を保全し、維持できるように管理しています。田んぼには、ヤゴやドジョウもいて、この春はニホンアカガエル(千葉県の絶滅危惧IA類に指定)の卵塊群を168個確認しました。アカガエルは淀みがあって深さ10cmくらいの水場に卵を産むので、ここは一番いい場所なんです。スズメやヒクイナなどの鳥類、トカゲやヘビ、私が好きな蝶類も最近増えてきました。
私は元建築屋なので、杭を打って、板を張って、ホタル観察木道もつくりました。ホタルの幼虫を年に120匹ほど飼育している会員の方がいて、今年も4月に放流しました。6月中頃からホタルが飛びはじめますが、8月も光っていることがあるので、もしかしたら自生しているかもしれません。
雨が降らない限り1日1回は顔を出して、名戸ヶ谷ビオトープを見に来た人たちが安全に歩けるように草刈りもします。車椅子の方はひと声かけていただいたらガイドもしていますよ。ここは地域のみなさんの憩いの場でもあり、年配の方にとっては懐かしい場所。親子で生きものを探しに来ることもありますし、近所のご年配の方が訪れると、「昔のままに残してくださってありがとう」と感謝の言葉をいただくこともあって、すごく励みになっています。
人の手でしか守れない名戸ヶ谷ビオトープで
「つづくを、つなぐ」ために。
一方で、高齢化のため「名戸ヶ谷ビオトープを育てる会」の会員数は減っていて、若い方が入っても昔ながらの農業を知る人はあまりいないので、現状維持が精一杯なんです。「つづく」ことができずに終わってしまうと、次のひとがやろうとしても「つなぐ」ことはできません。いろいろな形で興味を持つ方をひとりでも増やしていけたらうれしいです。機械を入れることもできないし、人の手でしか守れないものですから。
柏では、新しい家がたくさん建っていますが、庭のある家は少ないんです。木を植えないので、緑もありません。そうすると、子どもたちは自然に触れる機会を失い、草木の扱い方もわからなくなってしまいます。やっぱり、生きものや植物に触れてきた子どもたちは、自然を大事にできます。ここへ農作業を学びに来る子どもたちには、自然を残していくことの大変さ、そのためにみんなの協力が必要だということをちゃんと伝えています。地道ですが、そうやって少しずつできることをやっていくしかないと思っています。
※谷津(やつ)
丘陵地や台地が、長い時間をかけ侵食されてできた谷底の地形のこと。地域によって谷戸(やと)・谷地(やち)とも呼ばれている。